見なきゃよかった
そう思ったってもう遅い、見ちゃったもんは忘れようがない

「私、ずっと前から好きだったんです、あなたのこと…」






恋の名誉勲章






夜も更け、艦内も昼間よりずっと静かで機会音が人声に変わって主張をはじめる時間帯
ザクのメンテをしようと思って来てみたらそこには二人の先客
一人は嫌味なほど綺麗な金髪と容貌の持ち主であるレイ
もう一人は名前は知らないけど男どもが可愛いとやたら騒いでるミネルバ艦内の高嶺の美少女
向かうところ敵なしのツーショット
なんだか気軽に声かけられるような雰囲気じゃなかったから、何となく出ていきづらくてどうしたもんかと少し逡巡してたらあの台詞

瞬間、なんだか心臓を思いっきり握りつぶされたように胸が痛んだ
目の前が真っ白、くらくらする
思考停止ってこんなカンジ?なんて思ったり
てか、なんだろコレ…、なんでこんなイタイんだろ
実戦訓練のときに思いっきりヘマやって結構な怪我したときよりイタイ気さえするんだけど…
同僚の告白現場見てここまで動揺するなんて、私ってそこまで愛だの恋だのから遠いとこにいたっけ?
あ、そっか、そう、そうに決まってる!
訓練と実戦に明け暮れる毎日過ごしてるもの
きっと知らずに恋愛に免疫なくなっちゃってたんだ、うん

うろたえる自分を弁護するかのように動揺している理由を心の中でまくしたてるもう一人の自分がいる
少しでも冷静にいようとして無駄な努力に必死なのが自分でもよくわかる

『なぜ自分はこんなに動揺しているのか』
頭が少しでも空白になったら否応なく本当の答えが浮かび上がってきてしまいそうだ
それは意識したら戻れない、知ってしまったらもう知らなかったことにはできない
心の深いところで危険を知らせる赤いシグナルが点滅している
私は結局、こんがらがってぐちゃぐちゃになった頭のままでその場を走り去った




レイが告白されてるところだったから動揺した―――…

間違ってもそんなのが自分の本心ではないことを願った
だってそれが本心だったら困る
今更自分の本心に気づいたところでもう遅いでしょ
たった今、目の前で評判の美少女が告白したばっかなんだから
だから心が痛む本当の理由なんて知らないでいい

今夜は眠れそうにないなぁ…








ミネルバが天から打ちつける強い雨を艦体にうける暗雲の午前
オペレーターの音声とMSの動作音が艦内に反響する
実戦訓練の真っ只中である


「……リア…」
あー、ダルイ…頭すっきりしない…
なんか呼ばれたような気もするけど…うーん、返事するの面倒だなぁ…

「ルナマリア!」
大きな声が聞こえたと同時に私の目の前にはシンのアップ
しびれを切らしたという表情だ

「え、あ、シン!?」
「やっと気づいた、さっきから何度も呼んでるのに全然気づかないんだもんな〜、次ルナマリアの番だよ?」
やれやれといったようにシンが肩をすくめる
「ご、ごめん、ちょっとボーっとしちゃって」
「うわの空なんて、らしくないけど何かあった?」
「ううん、ちょっと寝不足なだけ」
「…ならいいけど、あまり無理すんなよ」
「ありがと」
「寝不足なんてレイに知れたらまた小言言われるぞ」
「そ、そうだね、ホント言われちゃうよねー」

あはは、と空笑いする私
レイという単語に過敏に反応してしまう
はぁ、ほんと「らしくない」

「どうしたルナマリア、あまり気を抜いてると次の訓練怪我をするぞ」
「!!?」

よく通る低音が腑抜けた私の頭の中を突っ切って行った
私が「らしくない」状態に陥ってる原因のその人の声
「レ…レイ?!」
振り向くとそこには確かに白いパイロットスーツに身を包んだ彼がいた
「何をそんなに驚いているんだ、お前らしくない」

だから「らしくない」のはアンタのせいなんだってーの!
思いっきりそう言ってやりたいとこだけどそんなこと言えるわけもない
仕方なくシンにした言い訳と同じものを返す

「ちょっとだけ寝不足なの、急に声かけられたからびっくりしちゃっただけ」
ホントはちょっとだけ寝不足なんじゃなくて一睡も出来なかったんだけどね
「そんな調子でMS操縦して大丈夫なのか?」
「平気よ、ぜんっぜんヘーキ!問題ナシ!」
「平気って、顔色だってあまりよくないんじゃないのか?」
「ホント大丈夫だって、じゃあ…」
”じゃあ、ちょっといってくるね”そう言おうとした時だった

「レーイー!」
ちょっと高めの可愛い声がレイを呼んでいる
声のする方向に目をやると小走りに近寄ってくる一人の少女
昨日の美少女だ
彼女はオペレーターであったらしく薄い緑色の軍服を着ていた

「どうしたんだ、こんなところに」
「レイのさっきの実戦、モニターで見てたんだけどすごくかっこよかったからつい来ちゃった」
にこっと微笑んで恥ずかしげもなくかっこいいなんて言う
私には口が裂けてもいえない台詞だ
レイはいつも同様何考えてるかわからない顔してるけど、文句は言わない
満更でもないってこと?
そっか、二人が一緒にいるってことはあの告白にレイがOKしたとした考えられないものね
もしレイが彼女の告白を断っているのならこうやって笑顔で会話するのなんて有りえないこと


「あ…」
また胸が痛む
あのコとレイが一緒にいるところなんて見たくない

ダメだ、もう…ごまかせない
はっきり気付いちゃった、知っちゃった
もう見なかったことには出来ない
あんなに心の奥に押し込めたのにそれはあっけなく私の意識に浮上してきた
仕方がない、こんなにツライ気持ちになる言い訳を私はもう思いつかないから
理由はもう一つだけしか思いつかない


私、レイが好きなんだ―――…


ばっかみたい
私ばかだ…
あまりに今更過ぎる…

自分への苛立ちや彼女への嫉妬心、気付いた瞬間に破れた想いやら、いろんな感情が重すぎて心が悲鳴をあげている
視界が滲んでゆらゆら揺れてきた
これ以上ここにいたら何かの拍子で泣きだしてしまいそうだ

「うっわ〜、レイってば何だよ、すみにおけないなー。な、ルナマリアもそう思うだろ?」
シンが私に同意を求める
「ホ、ホントホントすみにおけないよねー、そんな可愛いコにカッコイイって言ってもらえるなんてさ」
無理してそんなこと言って笑ってみる、さすがに俯いて黙りこんでちゃ不自然だもの
言うたびに作り笑いとは裏腹に胸が軋んだ
ねぇ、私だってレイのことカッコイイって思ってるんだよ?
ううん、ホントは前からずっと思ってた
でももう言えなくなっちゃった
だってそれを言うのはレイの隣にいるコの役目

「じゃ、私いい加減もう行くね」
今度こそそう言うとくるりと背を向けてザクめがけて一直線に走り出した
「おい、ルナマリア…!」
レイの呼ぶ声が聞こえたけど無視した、涙が溢れる寸前だったから

背を向けて走り出した瞬間に涙が一粒こぼれた
ギリギリ間一髪、見られず済んだ
よかった、こんなところで泣き顔なんて絶対に見られたくない
不幸中の幸い、神さまありがと
自分の気持ち自覚した瞬間に失恋した女の台詞じゃないかもしれないけどね
レイ達からだいぶ離れたところで一旦立ち止まり、ごしごしと涙を拭う
そして今度はゆっくりとした足取りでザクを目指した








ザクの前に立ち、コクピットまで上がろうとリフトに足をかけたところだった
「おいっ!危ない!」
はるか頭上からメンテナンス員の大きな声
頭上を仰いだ瞬間、私の方にむかって金属のようなものが落下してくるのが見えた
避けきれない、直感が私にそう告げる


「……っ!!」

ガンっと鈍い音を立ててそれは私の腕に直撃した
どうやらメンテナンスに使っていたスパナのようだ
とっさに横に身体を捻ったせいでかろうじて頭などに当たることはなかったが、腕全体に激痛が走った

「…っつ…!」
思わずその場にうずくまる、腕を見てみるとパイロットスーツに血がにじみ、手首の部分からはぽたぽたと雫が流れ落ちている


なんてツイてないんだろ
いつもならあのくらい避けられた
でも今日は極度の寝不足で身体が思うように動いてくれなかった
自己管理が出来てないやら注意力の欠如やら軍人としてあるまじきことばかりだ
どんどん流れ落ちてくる血を見ていると自分があまりに惨めに思えて仕方なかった


「おい、大丈夫か!?」
「誰か救護班連れてこい!」
周りに人が集まってくる
うずくまる私に声を掛けたり救護呼んだりして騒がしく動き回っているらしいけど、頭がくらくらして状況把握ってやつがうまく出来ない
視界もだんだんぼやけてくる


「ルナマリア!」

遠くからあの低い声、うずくまりながらも顔を少し上げるとレイがこっちに走ってくるのが見えた
少し後ろにはシンとあの彼女の走る姿もあった

あー絶対レイにいっぱい文句言われるんだろうなぁ
失恋、負傷、そんでもってレイの嫌味
あぁ、きっつー、かなりキツいんですけど

なんか赤服着てる人間として失格なのもいいとこだ
これじゃレイの仲間であることも失格だ
自業自得か…
そんなことを思っているうちに私の意識は中断された







「う…ん…」
目が覚めて一番最初に目に入ったものは見なれない真っ白な天井、そして見なれない服を着て見なれないベッドに横たわる自分自身
自分が怪我をしたことと薬の匂いがすることから考えてここは医務室なのであろう

「ルナマリア、大丈夫か?」

目を覚ました私に気付いたレイがこちらを覗きこんでいる
重力に従ってさらさらとブロンドが流れ落ちる
綺麗だなーなんて、こんな時なのに呑気なことをつい思ってしまう

「あ、レイ、私…」
起き上がろうとするとズキンと腕が痛んだ
身体を起こそうとする私を制してレイが私の状態を淀みなく的確に口にする
「ここしばらくの疲れに寝不足と今回の怪我が重なって軽い過労状態とのことだ」
「そう、迷惑かけて悪かったわね…」
「あの程度のもの避けられないなんて、気の緩み過ぎだ」
「……そうね、私もそう思う」
腕に巻かれた包帯が真っ白な洋服越しに透けて見える
不名誉な勲章、どうせなら戦闘で実績あげて名誉あるやつが欲しかった

「………」
「何?怪訝な顔して。やけに素直に非を認めるものだって思ってる?」
「…まあな」
「私だって認めたくなんてないけど、でも今回ばかりは自分で自分が情けないくらいだもの…仕方ないわね」
「お前でもそんなこと思ったりするんだな」
「何それ、失礼しちゃう」
じとっと軽く睨んでみるとレイと目が合った
不意に鼓動が速くなる

「シンも心配してたぞ、上への報告などもシンがしてくれたらしい、後で礼を言うんだな」
「え、そうなの?報告とかはてっきりレイがやってくれたのかと思ってた」
「俺はお前をここまで運んできたから、その後のことは全部シンに任せてきた」
「うっそ!私のこと運んでくれたのレイなの!?」
思わずがばっとベッドから起きあがってしまう
見たところ確かに医務室には私の他にはレイしかいないようだ

「何だその驚きようは」
レイはいかにも不服といった表情を寄越す
「だって、レイってゴタゴタが起きた時とかどちらかと言えばその場に残って事後処理とかするタイプじゃない?」
実際私の記憶の中でのレイはそういうタイプだ
アカデミーに通ってた頃クラスの女の子が倒れたことがあった
その時に真っ先に彼女を助け起こして医務室まで運んだのはシンだったし、その場に残って周りに指示を出したり色々と面倒なことをしていたのはレイだった


「…ねぇ、あのコは?」
意識もははっきりしてきた所で気になっていたことを聞いてみる
医務室をもう一回見まわしてもやっぱり私とレイの他に人影はない

「誰のことだ?」
「誰って、あの美少女オペレーターに決まってるでしょ」
「ああ、彼女のことか」
「そう、その彼女のこと。仕事戻ったの?」
「だろうな、オペレーターならこの時間は仕事中のはずだ」
「そっか、あのコにも何か悪いことしちゃったから一言謝っときたいって思ったんだけどね」
せっかくレイに会いに来たのに私のせいで台無しにしちゃったんだから

「何でお前が彼女に謝る必要があるんだ?」
「何でって…、アンタね、私は仕事の合間を縫って彼氏に会いに来るという健気な努力を水の泡にしちゃったのよ!?」
「ルナマリア、一体何を―――…」
レイが何か言いかけたけど無視してやった
鈍感なレイに腹が立ったっていうのと下手に言葉をストップさせると落ち込みそうだと思ったから
「ったくもー!ほんっと女心ってやつを理解してないんだから!だいたいねー…」
「おい、一体何の話をしているんだ!?」
「何の話って、彼氏と彼女、つまりアンタとあのコ、二人の話に決まってるじゃない!」
「だから、その彼氏と彼女というのは一体何なんだ!?俺はそれを聞いているんだ!」


うん?なにぃ?
彼氏と彼女がわからない?
こっちとしてはわからないって言ってる意味がわからないんだけど…
頭が混乱する
彼氏と彼女という単語がわからないなんてことは頭脳明晰のレイにはありえないことだし
もしかして私の言葉が悪かった?
いや、でも一般会話としては文法あってる…よねぇ
う〜んと他には…


クエスチョンマークが飛び交う私の思考を一刀両断するようにレイはその言葉を放った

「俺と彼女は恋人でも何でもない、なのになぜお前は俺達をそんな風に見てるのかと言いたいんだ」

「………」
「………」
お互い一瞬の沈黙

「恋人じゃあな…い…?」
「ああ、そうだ」
「って、はあぁぁああ〜〜〜!!?」
私は思いっきり間の抜けた叫び声を上げた
口が開いたまま閉じなくなりそうだったけど、一瞬にして聞きたいことが山ほどある状態になっちゃったから頑張って次の言葉を放り出した

「ちょっと待ってよ!私、昨日あのコがレイに告白してるとこ見たのよ?!」
「見てたのか」
「あ…勿論わざと見たわけじゃないわよ!ザクのメンテしようと思ったら二人がいてたまたま…」
「そんなことはわかっている。なら何故そう思う、俺は彼女に断ったじゃないか」
「う、うそ…、断った…?」
「何だ、そこは見てなかったのか?」
うん、って言おうとしたけれど何かもうがっくり力が抜けて結局うなずくだけに終わってしまった

「お前らしい早とちりだな」
やれやれとレイはため息をつく

「じゃ、じゃあ、何でさっきあんな風に親しげに話してたわけ?だって普通断った後とかってちょっと気まずいものなんじゃないの!?」
「彼女が気まずくなるのは嫌だと望んだからな、それから何を考えてるのか知らないが恋人がダメならファンでいさせて欲しいなどと言いだして…」
「ファン…」
それを聞いた途端、私の身体はこの上ない脱力感でいっぱいいっぱいになった
だってそうでしょ、恋人だと思ってたらファンだとか言うんだもの

「全く俺には理解できない」
彼女のさっきの行動を思い起こしてみる
確かに芸能人を追っかける女の子のような部分があったような気がしないでもない
「それじゃあ、本当に何でもないんだ…」
「何度も言わせるな」

はーっ…なぁ〜んだ…
私は心の中で思いっきり疲れと安堵の入り混じった溜息をついた
勿論、安堵の意味合いのが高いんだけどね
あのコが失恋したことを喜んでるわけじゃないけど、やっぱりレイがまだ誰のものでもないってわかって本当に安心した
ただ純粋にほっとした


「ねぇ、運んでくれた上に看病までしてくれてありがとね」
「気にするな、お前の面倒を見るのは慣れている」

慣れてる、か…
うん、悪くない響き

嬉しくなったところでちょこっと調子に乗ってみることにした
だって昨日今日とずっと「らしくなかった」しね
「と・こ・ろ・で、この服着がえさせたのってまさかレイじゃないわよねー?」
ちょっと意地悪く笑ってみせるけどレイが返す答えなんて予想できる
「当り前だ安心しろ。それは女性に頼んで着替えさせてもらった」
やっぱ、そうくるよね、淡々としてる
なら、これはどーよ?
ちょっとだけ期待を込めて次の言葉を放つ

「そっか〜、なーんだ、ちょっと残念」

「お、おい、残念ってどういう意味…!?」
「べっつにぃ〜?じゃ、私少し寝るね」
「おい、ルナマリア!」


布団に潜り込みながら思わず笑みがこぼれる
やった、ちょっとだけレイのポーカーフェイスを崩すのに成功!
やっぱこの距離感好きだなって思う
でもいつかはもーちょいこの距離が縮んでくれたら嬉しいんだけどね



そっと腕に触れる
この腕の怪我、不名誉な勲章だけど恋する女の証でもあるわけで


ちょっとだけこの傷に女としての名誉を感じてみたりして








皆沢タカコ

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